日本相撲協会において、伝統と歴史を受け継ぎながら時代の変化に向き合ってきた二所ノ関一門の「大嶽部屋」。その歴史を語る上で欠かせないのが、前身である大鵬部屋からの系譜や、歴代の親方が歩んできた継承の経緯です。また、過去に発生した不祥事における監督責任のあり方についても、公式ファクトや客観的な記録に基づいた正確な理解が大切です。
本記事では、大嶽部屋の親方の歴史や歴代継承の背景、そして過去の重大な事案における組織としての対応や監督責任の真相について、公式情報に基づき分かりやすく解説します。
大嶽部屋のルーツと大鵬部屋からの系譜

大嶽部屋は、日本相撲協会に所属する二所ノ関一門の相撲部屋であり、その歴史的ルーツは昭和の大横綱・大鵬が一代年寄として創設した「大鵬部屋」にさかのぼります。大鵬部屋は多くの関取を輩出し、角界において確固たる地位を築いてきました。
その後、二子山部屋所属として活躍し、のちに大鵬の三女と結婚して婿養子となった貴闘力氏が、2002年9月場所限りで現役を引退。年寄・16代大嶽を襲名したことが、現在の大嶽部屋へとつながる大きな転換点となりました。16代大嶽は自身の引退相撲の翌日にあたる2003年2月3日付で大鵬部屋に移籍し、部屋付の親方として後進の指導に当たりました。
そして、大鵬の停年(定年)退職に先立つ2004年1月1日付で部屋を継承。この継承に伴い、部屋の名称が大嶽部屋へと変更され、新たな体制がスタートすることになりました。
歴代親方の継承経緯と二所ノ関一門における位置づけ
相撲部屋の継承は、師匠の定年退職や世代交代に伴い、一門内の力学や協会の規定に則って行われます。大鵬部屋から大嶽部屋への名称変更および継承の経緯は、昭和のレジェンドの血統と技芸を現代に引き継ぐ重要なプロセスでした。
二所ノ関一門の一角を担う大嶽部屋は、伝統的な指導方針を守りつつも、時代に応じた組織運営が求められてきました。歴代の親方が直面してきた部屋の運営や弟子育成の苦労は、相撲界全体のガバナンスや継承の難しさを物語る好例といえます。
| 時期・年 | 出来事・継承の経緯 | 備考・主な実績 |
|---|---|---|
| 2002年9月 | 貴闘力が現役を引退し、年寄・16代大嶽を襲名 | 大鵬の三女と結婚(婿養子) |
| 2003年2月 | 大鵬部屋へ移籍し、部屋付親方として指導を開始 | 引退相撲翌日の異動 |
| 2004年1月 | 16代大嶽が部屋を継承し、名称を「大嶽部屋」に変更 | 大鵬の停年退職に先立つ継承 |
| 2018年3月 | 所属力士の不祥事に伴う引退勧告と親方の対応が発生 | 公式発表に基づく処分と自主返納 |
大砂嵐の不祥事と17代大嶽親方の監督責任の真相
大嶽部屋の歴史において、組織管理や監督責任が大きくクローズアップされた出来事の一つが、2018年に発生した幕内力士・大砂嵐による不祥事です。
報道や公式発表によると、大砂嵐は2018年1月3日に長野県下高井郡山ノ内町で自動車を無免許運転して追突事故を起こしました。事故直後の警察による事情聴取に対して「妻が運転していた」と虚偽の主張を行ったほか、日本相撲協会による3回の事情聴取に対しても「自分は運転していない」と嘘の発言を重ねました。この重大なコンプライアンス違反を受け、相撲協会は同年3月9日付で大砂嵐に対して引退勧告の処分を下し、本人はこれを受け入れて即日引退となりました。
この事件における17代大嶽親方の監督責任については、当時の身分や立場が大きく関係していました。17代大嶽は当時、日本相撲協会の評議員として選任されていたため、年寄を一時的に退任している状態にありました。そのため形式上は協会員ではないため処分の対象にならず、直接的な監督責任を問う処分は下されませんでした。しかしながら、部屋の師匠としての道義的責任を重く受け止め、自身の報酬の10%を2ヶ月間自主返納するという対応をとっています。この経緯は、協会における役職と現場の師匠としての責任の複雑さを示す実例として知られています。
コンプライアンスと現代の相撲部屋経営の課題
近年の大相撲界では、所属力士の素行管理や交通安全、コンプライアンスの徹底がこれまで以上に厳しく求められています。かつてのような「個人の責任」として片付けられる時代ではなく、部屋を率いる親方の監督責任や組織的なガバナンス体制が、ファンや社会から厳しくチェックされる構造へと変化しています。
大嶽部屋においても、過去の教訓をどのように日々の指導やマネジメントに還元しているかが重要視されます。師匠と弟子が一体となり、信頼回復と健全な育成環境を維持することが、現代の相撲部屋経営における最大の命題となっています。
【大嶽部屋親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大嶽部屋の前身はどのような部屋ですか?
A1:昭和の大横綱・大鵬が一代年寄として創設した「大鵬部屋」が前身です。その後、16代大嶽(貴闘力)が部屋を継承した際に「大嶽部屋」へと名称が変更されました。
Q2:大砂嵐の不祥事の際、17代大嶽親方はどのような処分を受けましたか?
A2:当時、17代大嶽は評議員として選任されており年寄を一時的に退任していたため、形式上協会員ではなく直接的な懲戒処分の対象にはなりませんでした。ただし、監督責任を重く見て自身の報酬の10%を2ヶ月間自主返納しています。
Q3:大嶽部屋はどの一門に所属していますか?
A3:日本相撲協会に所属し、「二所ノ関一門」に属しています。
大嶽部屋の歴史は、昭和から平成、そして令和へと受け継がれる大相撲の伝統の縮図でもあります。大鵬部屋からの系譜や歴代親方による継承の経緯には、相撲界ならではの組織文化が色濃く反映されています。
過去に起きた不祥事や監督責任をめぐる教訓は、単なる過去の出来事ではなく、現代の相撲部屋がコンプライアンスを遵守し、社会から信頼される組織であり続けるための重要な指標となっています。今後の大嶽部屋がどのような体制で伝統を守り、次世代の関取を育てていくのか、引き続き注目が集まっています。