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日本最古の貨幣「富本銭」の謎:和同開珎との違いと流通説・厭勝銭説の真相

柘植 陽紀 柘植 陽紀 • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
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日本最古の鋳造銭として歴史の教科書でもおなじみの「富本銭(ふほんせん)」。しかし、この小さな古銭をめぐっては、「本当に貨幣として流通したのか」、それとも「おまじない用の道具(厭勝銭)にすぎなかったのか」という長年の大論争が存在します。2026年現在も考古学的・歴史的発見が続く中、飛鳥時代の国家体制や経済の実態に迫る鍵として改めて注目を集めています。

本記事では、富本銭が作られた歴史的背景や和同開珎との決定的な違い、現在も残る謎の真相について、最新の学説や信頼性の高い公式見解を交えながらわかりやすく解説します。

富本銭とは何か?作られた時期と歴史的背景

富本銭

富本銭は、公式百科事典や歴史的資料の記述によると、683年(天武天皇12年)頃に日本で作られたと推定される銭貨です。当時の日本は、中国の唐の制度を手本にしながら、国家としての律令体制や中央集権化を急ピッチで進めていました。

『日本書紀』の天武天皇12年(683年)4月の条には、「今より以後、常に銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」という主旨の記述(銅銭の使用を奨励する詔)が見られます。この背景には、当時の支配者層が自国の権力を誇示し、経済や流通を国家の統制下に置こうとした強い意志がありました。富本銭はこの時代、国家の威信をかけて鋳造された極めて重要なモニュメントとしての側面を持っていたと考えられています。

本当に流通したのか、それとも「厭勝銭」だったのか?

富本銭を語る上で避けて通れない最大の論点が、「実際に社会で流通して人々の経済活動に使われたのか」、それとも「神社仏閣の祭祀や呪術に用いる厭勝銭(まじない用の銭)にすぎなかったのか」という疑問です。

長年にわたり、出土する数が限られていることや、当時の日本にはまだ本格的な市場経済が十分に発達していなかったという見方から、「厭勝銭説」が根強く支持されてきました。つまり、お金としてモノを売買するために使われたのではなく、神仏への祈りや呪術的な儀礼、あるいは富と権力を象徴するお守りのような役割を果たしていたという説です。

一方で、その後の各地の遺跡発掘調査や研究の進展により、実際の生活圏や都城の関連遺跡から出土する事例が増加したことなどから、「小規模ながらも限定的な流通や、貨幣としての機能を持たせて発行された」とする流通説を支持する研究者も少なくありません。現在でも学会においては双方の視点から議論が続けられています。

富本銭と無文銀銭、和同開珎の違いを徹底比較

日本の貨幣史を語る上では、富本銭の前後関係にある「無文銀銭」や、日本初の本格的流通銭とされる「和同開珎」との違いを整理することが不可欠です。それぞれの特徴や発行時期を以下の比較表にまとめました。

名称 推定発行時期 材質・形状 主な特徴と歴史的位置づけ
無文銀銭(むぶんぎんせん) 7世紀後半(富本銭より前) 銀製(文字や模様のない円形・小判型など) 富本銭よりもさらに古い段階で存在したとされる秤量銀貨。貴金属としての価値が重視された。
富本銭(ふほんせん) 683年(天武天皇12年)頃 銅合金(円形方孔、表面に「富」「本」などの文字) 日本最古の鋳造銭。天武朝の国家事業として鋳造されたが、流通性や呪術用(厭勝銭)については議論が分かれる。
和同開珎(わどうかいちほう / わどうかいちん) 708年(和銅元年) 銅製・銀製(円形方孔、「和同開珎」の4文字) 元明天皇の治世に発行され、本格的な全国流通を目的とした法制化された日本初の流通銭。

このように、無文銀銭から富本銭へ、そして和同開珎へと至る過程は、日本が物々交換の社会から国家主導の貨幣経済へと移行していくダイナミックな過渡期を示しています。

現在に残る謎と考古学的発見の最前線

富本銭をめぐる研究は、日本全国での発掘調査の進展に伴い、新たな局面を迎え続けています。かつては一部の限られた都の施設でのみ見つかっていたものが、地方の遺跡や関連する集落跡からも出土するケースが確認されるようになり、その使われ方や伝播の範囲について再評価が進んでいます。

しかし、なぜ当時の政権がこのデザインや文字を選んだのか、実際のところどれくらいの量が作られ、どこまで人々に認知されていたのかといった細部には、依然として多くのミステリーが残されています。文献史料の記述と、出土品という物的な証拠(モノの考古学)のピースをどのように噛み合わせていくのかが、現代の歴史学者や考古学者たちの大きな挑戦となっています。

【富本銭】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:富本銭は現在、どこで見ることができますか?
A1:東京の国立歴史民俗博物館や奈良文化財研究所、各地の自治体立の博物館などで、出土した実物やレプリカ、関連資料が常設展や特別展で公開されることがあります。

Q2:和同開珎のほうが有名ですが、富本銭の価値はどちらが高いのですか?
A2:歴史的な発見の古さや現存する希少性の観点から、富本銭は学術的・古銭的な評価が非常に高く、歴史的遺物としての価値は極めて大きなものとされています。

Q3:富本銭の名前の由来は何ですか?
A3:銭貨の表面に刻まれている「富」と「本」という文字に由来しています。「国家が豊かに、そして本(もと)が栄えるように」という縁起の良い願いや国家の理念が込められていたと考えられています。

富本銭は、日本最古の鋳造銭としての圧倒的な存在感を放ちながら、流通したのか・厭勝銭だったのかという深い謎を現代の私たちに投げかけています。歴史を読み解く上では、単に「古いお金」として片付けるのではなく、天武天皇が目指した古代律令国家の理想像や、当時の人々の信仰・経済感覚が交錯する立体的な舞台として捉えることが重要です。

今後も新たな発掘成果や分析技術の向上によって、飛鳥・奈良時代の貨幣史に関する新事実が明らかになることが期待されており、日本の古代史を彩るロマンあふれるテーマとして、その研究の行方から目が離せません。

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柘植 陽紀
コンテンツディレクター 柘植 陽紀
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ITライター10年。製品仕様はメーカー公式のスペック表を基準にし、実測値と公表値が違う場合は両方を併記します。

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