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元関脇・安美錦関の現役時代から引退後の安治川親方としての現在までを徹底解説

関根 隆弘 関根 隆弘 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
目次

大相撲の土俵において、独自の巧みな技術と驚異的な粘り腰で多くのファンを魅了し続けた元関脇・安美錦関。入門時は安治川部屋、のちに伊勢ヶ濱部屋に所属し、土俵の内外で数々の記憶に残る足跡を残しました。2026年現在、引退後は年寄・安治川として後進の指導にあたりながら、新たな部屋を率いる立場として相撲界の発展に尽力しています。

本稿では、昭和以降最年長再入幕を果たした現役時代の金字塔や、「行司泣かせ」と称された独特の取組スタイル、妻・絵莉さんとの運命的な出会いと二人三脚の歩み、そして引退後に安治川親方として歩む現在までの軌跡を、公式記録や報道データを基に徹底的に紐解いていきます。

安美錦関のプロフィールと大相撲における足跡

安美錦関

青森県西津軽郡深浦町出身の安美錦竜児(あみにしき りゅうじ)は、1978年10月3日生まれの元大相撲力士です。本名は杉野森竜児、現役時代にはインターネット上を中心に「あみたん」の愛称で親しまれました。得意技は右四つからの寄り、出し投げ、そして圧倒的な力強さと独特の間合いを活かした変化や巧みな技の数々です。趣味のドライブやゴルフ、映画鑑賞のほか、ワインやシャンパンを好む一面を持つ一方、梅全般が苦手であることも知られています。

最高位は東関脇(2007年9月場所 - 2008年1月場所)を記録し、長きにわたって幕内の上位陣や中堅として存在感を放ちました。どんな体勢からでも巧みに技を繰り出し、微妙な体勢で土俵際を凌ぐその相撲ぶりは、行司が軍配を上げにくいことで有名であり、いつしか「行司泣かせ」の異名が定着しました。

昭和以降最年長再入幕と感動の敢闘賞受賞の軌跡

安美錦のキャリアにおいて語り草となっているのが、度重なる怪我や苦難を乗り越えて成し遂げた記録の数々です。特にアキレス腱断裂などの大きな怪我に苦しんだ時期もありましたが、不屈の闘志で土俵に立ち続けました。

10月3日に39歳の誕生日を迎え、同月30日に発表された11月場所の番付では西前頭13枚目となり、8場所ぶりの幕内復帰を果たしました。この39歳0ヶ月での再入幕は、土佐ノ海の記録(38歳6ヶ月)を塗り替える、昭和以降で最年長の金字塔となりました。幕内復帰に際し、「3人目の子どもが相撲をわかるまで取れたらいいなと…。そこまで、いったいいくつになっちゃうんだろう」と笑顔を覗かせたエピソードも残されています。

この11月場所では初日から5連勝と好発進を見せ、中盤以降は苦しみながらも千秋楽に勝ち越しを決めました。成績は8勝7敗となり、新入幕だった2000年7月場所以来、実に103場所ぶり自身2度目の敢闘賞を受賞しました。幕内での勝ち越しは2015年11月場所以来2年ぶりであり、千秋楽の取組後には感極まって涙を流す姿が大きな感動を呼びました。

時期・年齢 主な出来事・実績 詳細・エピソード
2000年7月場所 新入幕 幕内初出場を果たし、若い頃から高い技術を発揮。
2007年9月場所 最高位(東関脇)に昇進 実力者揃いのなかで三役の座に定着し、上位陣を苦しめる。
2017年11月場所 昭和以降最年長再入幕・敢闘賞 39歳0ヶ月で再入幕を果たし、103場所ぶり2度目の敢闘賞を受賞。
2019年夏場所 現役引退 長年の土俵人生にピリオドを打ち、年寄・安治川を襲名。

妻・絵莉さんとの出会いと二人三脚の支え

度重なる大怪我を乗り越え、ベテランとして土俵に立ち続けた背景には、妻・絵莉さんとの運命的な出会いと内助の功がありました。2012年12月に行われた日馬富士の横綱昇進祝賀会において、後援者から紹介されたことが二人の馴れ初めです。安美錦は絵莉さんと初めて対面した瞬間に「この人と結婚する」と直感し、猛烈なアプローチを開始しました。

そのスピードは非常に早く、2013年1月場所後にプロポーズ、2月に婚約発表、4月に入籍、6月に結婚披露宴、そして10月に第1子が誕生するなど、初対面から1年足らずの間に人生の大きな転換点を迎えています。当時、絵莉さんは料理の経験がほとんどなく相撲界のしきたりについても無知でしたが、料理の勉強に励み資格を取得するとともに、伊勢ヶ濱部屋の女将に相撲の世界の基礎を教わりながら、怪我がちだった夫をあらゆる面から支え続けました。

また、アキレス腱断裂の大怪我に直面して気持ちがふさぎ込んでいた時期には、絵莉さんの勧めでロックバンド、ザ・ブルーハーツの楽曲『情熱の薔薇』を聴くようになり、大きな心の支えを得たというエピソードも伝えられています。若い頃は野菜を食べないなど偏った食生活を送っていた安美錦ですが、結婚後は妻のサポートによって食生活も大きく改善され、長き現役生活を支える原動力となりました。

引退から安治川部屋の創設へ:現在に続く指導者としての歩み

現役生活に幕を下ろした後は、年寄・安治川として後進の指導に専念し、のちに自身の部屋である安治川部屋を興すに至りました。相撲界における豊富な経験と独自の技術論は、次世代の力士たちにとって得難い財産となっています。

家庭においては3人の子ども(第1子、第2子が女児、第3子が男児)に恵まれ、父親としての顔も持っています。2017年の夏巡業中に書いた日刊スポーツの絵日記では、多忙な巡業のために夏休みであっても子供たちを海へ連れて行ってやれない申し訳なさから、「せめて海に行っている夢を子どもと一緒に昼寝しながら見ようと」と、長男と寝ながら海の夢を見る微笑ましいイラストを描いています。「いや、巡業を休めば行けるよ」とユーモアを交えて語るなど、家族を深く愛する温かい人柄が垣間見えます。

現在は安治川部屋の親方として、また妻である絵莉さんが女将として部屋を支える体制のもと、かつて自身が培った技術と精神を若い力士たちに継承し続けています。

【安美錦関】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:安美錦関の現役時代の最高位は何位ですか?
A1:最高位は東関脇(2007年9月場所 - 2008年1月場所)です。

Q2:昭和以降最年長再入幕の記録を達成したのは何歳の時ですか?
A2:39歳0ヶ月の時に西前頭13枚目で再入幕を果たし、土佐ノ海の記録を更新しました。

Q3:引退後の現在の活動はどうなっていますか?
A3:年寄・安治川として「安治川部屋」を創設し、親方として後進の指導にあたっています。

安美錦関の歩みは、単なる勝ち負けを超えた「相撲に対する深い探求心」と「不屈の闘志」の歴史そのものです。年齢や大怪我という数々の障壁に直面しながらも、家族の支えと独自の相撲勘を武器に土俵に立ち続けた姿は、多くの相撲ファンの心に深く刻まれています。

現役引退後も安治川親方として相撲界に貢献し続けるその姿勢は、今なお色褪せることなく、これからの日本相撲界を担う若い世代へと確実に受け継がれています。

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関根 隆弘
トレンドリサーチャー 関根 隆弘
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芸能取材16年。所属事務所の公式リリースと番組公式サイトを一次情報として照合し、出典が確認できない話は記事にしない方針を続けています。

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