大相撲の土俵で縦横無尽に動き回り、観客を魅了し続ける人気力士・翔猿正也(とびざる まさや)。そのアクロバティックな取り口や明るいキャラクターは、相撲ファンだけでなく幅広い層から熱い支持を集めています。2026年現在も幕内の中心的存在として活躍を続ける彼の歩みには、どのような背景があるのでしょうか。
本記事では、公式プロフィールやこれまでの輝かしい経歴、最高位である小結への軌跡を深掘りします。加えて、実兄である幕内・英乃海との絆や、知られざる素顔、最新の動向まで徹底的に迫っていきます。
翔猿正也のプロフィールと基本情報:年齢、出身地、身体的特徴

大相撲界において「飛ばし屋」の異名をとる翔猿正也は、土俵の内外でひときわ存在感を放つアスリートです。まずは、日本相撲協会が発表する公式データに基づいた基本プロフィールを見ていきます。
本名は岩﨑正也(いわさき まさや)、1992年4月24日生まれの東京都江戸川区出身です。追手風部屋に所属し、体格は身長173cm、体重140kg、血液型はA型となっています。決して大柄ではない体格を活かし、持ち前のスピードと鋭い出足を武器とする「押し相撲」を得意としています。
幼少期は猿のように飛んだり跳ねたりする非常に落ち着きのない子供だったというエピソードがあり、そのリングネーム「翔猿」の由来や現在の躍動感あふれるファイトスタイルを彷彿とさせます。相撲に対する真摯な姿勢とユーモアを兼ね備えた、現代の大相撲を代表する人気力士の一人です。
幼少期から相撲への道、そして野球への未練と決断の背景
翔猿正也が相撲の世界へ足を踏み入れたのは、江戸川区立上一色小学校1年生の頃でした。当時、すでに相撲に通っていた実兄である英乃海(本名:岩﨑拓也)の後をついて、地元の相撲道場「小松竜道場」を見学したことがすべての始まりです。
その後、兄の移籍に伴い葛飾白鳥相撲教室へと活動拠点を移しました。この道場には、小学校は別でありながら同じ幼稚園に通っていた幼馴染の剣翔も在籍しており、切磋琢磨する環境が整っていました。しかし、当時の少年時代における翔猿の心境は、必ずしも相撲一筋ではありませんでした。
水泳やサッカー、そして野球に熱中し、将来はプロ野球選手になることを夢見ていたのです。しかし、葛飾区立大道中学校への進学を機に、厳しさを増す相撲の稽古と野球の両立が物理的に不可能となりました。「野球に専念したい」とは口に出せないほど相撲道場の稽古が厳しかったという背景もあり、最終的には野球を諦め、相撲の道へと一本化することを決意しました。
実兄・英乃海との絆と追手風部屋での切磋琢磨の軌跡
翔猿正也を語る上で欠かせないのが、実の兄であり同じく幕内土俵で活躍する英乃海(木瀬部屋)との強い絆です。兄弟揃って関取として土俵に上がり続けることは、大相撲の歴史においても非常に価値のある快挙です。
兄・拓也は、正也が生まれた当時の鮮明な記憶はなく「気がついたら正也がいた」とインタビューなどで語っていますが、同じ厳しさを知る兄弟として、互いに大きな刺激を受けてきました。同じ道を歩みながらもそれぞれの部屋で頭角を現し、幕内の舞台で顔を合わせるまでの苦労は並大抵のものではありません。
追手風部屋に入門してからの翔猿は、持ち前の明るさと稽古熱心さで頭角を現しました。師匠である追手風親方(元幕内・大翔山)の指導のもと、激しい稽古に耐え抜き、着実に番付を上げていくことになります。
最高位・小結への到達とこれまでの主な戦績の歩み
翔猿正也のキャリアにおける最大のハイライトの一つが、2023年9月場所で記録した西小結という最高位への昇進です。小結という三役の地位は、実力者のみが座ることを許される狭き門であり、彼のこれまでの努力が結実した瞬間でした。
以下に、翔猿正也の主な経歴と歩みをまとめた一覧表を示します。
| 時期・年齢 | 主な出来事・ステージ | 詳細・実績 |
|---|---|---|
| 1992年4月 | 誕生 | 東京都江戸川区出身。本名は岩﨑正也。 |
| 小学生時代 | 相撲の開始 | 小松竜道場を経て葛飾白鳥相撲教室へ。野球などと並行して基礎を培う。 |
| 中学校時代 | 相撲への専念 | 葛飾区立大道中学校進学を機に野球を断念し、本格的に相撲道へ。 |
| 入門〜幕内昇進 | 追手風部屋入門 | 厳しい稽古を経て関取へ昇進し、幕内の土俵へ定着。 |
| 2021年10月 | 社会的活動 | 日本相撲協会の「翔猿関といっしょに! 相撲健康体操」のうたのおにいさんに起用。 |
| 2023年9月場所 | 最高位・小結 | 自身最高位となる「西小結」に昇進し、三役の座を掴む。 |
小結昇進後も、上位陣を相手に金星を狙うアグレッシブな相撲や、番付の浮き沈みを乗り越える精神力の強さは健在です。技の多彩さと土俵際での粘り腰は、対戦相手にとって常に脅威となっています。
土俵外の素顔:子供好きの一面とうたのおにいさん就任のエピソード
土俵上の激しい闘志とは裏腹に、土俵を降りた翔猿正也は非常に温和で愛嬌のあるキャラクターの持ち主です。その親しみやすさは、多くのファンや関係者から愛される理由の一つとなっています。
学生時代には一時期「保育士」を志したこともあるほどの無類の子供好きで知られており、将来は「翔猿幼稚園でも作れたら」と夢を語ったこともあります。その人柄が評価され、2021年10月には日本相撲協会が制作した「翔猿関といっしょに! 相撲健康体操/ハッキヨイ!大相撲 ひよの山かぞえ歌」において、作品内の「うたのおにいさん」に起用されました。子供たちと元気に触れ合う姿は大きな話題となりました。
また、テレビ番組などでは「1度に餃子を100個(約2.5kg相当)平らげることができる」という驚異的な大食いエピソードを披露するなど、大相撲力士らしい豪快な一面も持ち合わせており、メディア出演の際も常に高い注目を集めています。
【翔猿正也】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:翔猿正也の本名や読み方は何ですか?
A1:本名は岩﨑正也(いわさき まさや)です。「とびざる まさや」と読みます。
Q2:翔猿の最高位は何ですか?
A2:最高位は2023年9月場所で記録した「西小結」です。
Q3:実の兄弟力士がいるというのは本当ですか?
A3:本当です。木瀬部屋に所属する幕内力士の英乃海(本名:岩﨑拓也)が実のお兄さんです。
東京都江戸川区で生まれ育ち、野球への未練を断ち切って相撲道へと進んだ翔猿正也。小松竜道場や葛飾白鳥相撲教室での鍛錬、そして実兄・英乃海との切磋琢磨を経て、最高位・小結へと登り詰めた足跡は、決して平坦なものではありませんでした。
「うたのおにいさん」を務めたほどの子供好きな一面や、大食いエピソードに見せる気さくさなど、人間的な魅力に溢れているのも彼が長年ファンから支持され続ける理由です。2026年現在も、変幻自在の取り口と持ち前の明るさで土俵を沸かせる翔猿正也。さらなる高みを目指す彼の今後の活躍から、ますます目が離せません。