大相撲の土俵を沸かせ、第70代横綱として一時代を築いた日馬富士公平(はるまふじ こうへい)。小兵ながらも持ち前の鋭い踏み込みと圧倒的なスピード、そして気迫あふれる相撲で多くのファンを魅了しました。2017年の現役引退から数年が経過した現在、彼はどのような道を歩んでいるのでしょうか。
本記事では、安馬時代からの輝かしい実績や最高位・幕内優勝の軌跡、引退の経緯に至るまでの真相を解説します。加えて、現在の活動の軸であるモンゴルでの「新モンゴル日馬富士学園」の経営や、彼が貫く教育への情熱に迫ります。
第70代横綱・日馬富士公平のプロフィールと基本スペック

日馬富士 公平(本名:ダワーニャム・ビャンバドルジ)は、1984年4月14日生まれ、モンゴル国ゴビアルタイ出身です。伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)に所属し、身長186 cm、体重137 kgの体格で土俵に立ちました。父親は警察官でありブフ(モンゴル相撲)の国家ザーンであったレグジーブーギーン・ダワーニャム氏であり、幼少期から厳格な教えと相撲の環境の中で育ちました。
初土俵から2008年11月場所までは「安馬(あま)」の四股名で活躍。「公平」という名は、自身が「日本の父」と慕う後援会長の小巻公平氏にちなんで名付けられました。恵まれた巨漢力士がひしめく角界において、決して大きくない体躯でありながら横綱へと昇進したその足跡は、大相撲の歴史においても特筆すべきものです。
安馬時代からの圧倒的な実績と最高位・幕内優勝の足跡
入門当初の安馬時代は、体重が軽く怪我に泣く時期もありましたが、猛稽古と独自の筋力トレーニングによって身体を大きく進化させました。スピードを活かした鋭い立ち合いと、右四つからの寄り、そして多彩な技を武器に番付を駆け上がっていきます。
2012年には大関として連続優勝を飾り、同年11月場所後に第70代横綱に推挙されました。横綱昇進後も卓越した技術と気迫で土俵を沸かせ、幕内優勝9回、三賞受賞多数という輝かしい金字塔を打ち立てています。
| 時期・四股名 | 最高位・主な実績 | 主なトピックス・経緯 |
|---|---|---|
| 1984年4月14日 | モンゴル・ゴビアルタイ出身 | 警察官でブフの国家ザーンだった父の元で育つ。柔道経験も持つ。 |
| 2001年春場所 - 2008年 | 安馬 公平(最高位:関脇) | 安治川部屋(現・伊勢ヶ濱部屋)に入門。小兵ながらスピード相撲で注目を集める。 |
| 2009年 - 2012年11月 | 大関 / 第70代横綱昇進 | 2場所連続優勝を果たし、2012年11月場所後に第70代横綱へ昇進。 |
| 2012年 - 2017年11月 | 横綱(幕内優勝9回) | 鋭い踏み込みと気迫の相撲で横綱として数々の名勝負を演出。 |
| 2017年11月29日 | 引退発表 | 同年11月場所中の問題の責任を取り、現役引退を表明。 |
| 現在 | 実業家・教育者 | 母国モンゴルにて「新モンゴル日馬富士学園」を設立し、教育事業を展開。 |
引退の経緯と当時の社会的影響
日馬富士の現役引退は、2017年11月場所の最中に浮上した暴行問題が発端となりました。同年10月に鳥取市内で発生した貴ノ岩に対する暴行問題の責任を重く受け止め、日本相撲協会に対し同年11月29日付で引退届を提出し、受理されました。
圧倒的な実績を誇り、当時現役横綱であった力士の突然の引退劇は、角界および日本社会全体に大きな衝撃を与えました。相撲道における礼儀や厳格な規律、そして横綱としての責任のあり方について、メディアや世論の間でも多角的な議論が巻き起こる契機となりました。
現在地:モンゴルでの学校経営と教育にかける情熱
土俵を去った後、ダワーニャム・ビャンバドルジ氏は活動の拠点を母国モンゴルへと移し、新たな人生の歩みを始めました。彼が現在、最も情熱を注いでいるのが教育事業です。
首都ウランバートルにおいて「新モンゴル日馬富士学園」を設立し、幼稚園から高校までの総合的な一貫教育を展開しています。日本式の礼儀作法、道徳心、そして質の高いカリキュラムを取り入れた学校づくりを行い、モンゴルの次世代を担うグローバル人材の育成に尽力しています。
この背景には、幼少期に父親から「人のために尽くす人間となれ」と教え込まれたルーツや、長年日本で相撲道を通じて培った精神があります。現役時代からモンゴルの心臓病の子供を支援する医療支援NPO(ハートセービングプロジェクト)への参加や、視覚・聴覚障害者のための雇用施設運営など、社会貢献活動を継続してきた彼の姿勢が、現在の教育者としての活動にも一貫して息づいています。
【日馬富士公平】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日馬富士公平の現在の肩書や主な活動は何ですか?
A1:現在は実業家・教育者として活動しており、モンゴル・ウランバートルにて「新モンゴル日馬富士学園」の理事長・創設者として学校経営に当たり、子どもたちの教育や人材育成に尽力しています。
Q2:現役時代の最高位や幕内優勝の回数はいくつですか?
A2:最高位は第70代横綱であり、安馬時代からの通算で幕内優勝を9回達成しています。小兵ながらスピードと技術を活かした相撲で数々の名勝負を残しました。
Q3:引退のきっかけとなった経緯は何ですか?
A3:2017年11月場所中に発覚した暴行問題の責任を重く受け止め、同年11月29日に自ら引退届を提出し、現役を退きました。
第70代横綱・日馬富士公平の歩みは、卓越した競技成績を残したアスリートとしての側面だけでなく、引退後の逆境を乗り越えて社会貢献や教育の分野で新たな価値を創造する挑戦の歴史でもあります。
ネット上の情報や断片的な報道に触れる際は、感情的な憶測にとどまらず、公式な事実経過や現地の活動実績を客観的に見極めることが重要です。アスリートとしての栄光と、教育者として母国に還元する現在の姿を見つめることで、彼の本質的な人物像とこれからの動向をより深く理解することができるでしょう。